≪コナコーヒの話≫
 
 コナコーヒーは米国国内で産出される唯一のコーヒーである。過去ハワイ州ではカウアイ島、ハワイ島のプナおよびハマクア沿岸で一時的に栽培された記録があるが、現在まで約150年の間、ハワイ島のコナ沿岸でのみ継続して栽培されてきた。そして、今でもコナ地区最大の農産物である。
 コナコーヒーも戦前、戦後コーヒーの価格の暴落により一時全滅するほど衰えたが、最近強い芳香のあるコナコーヒーの名声が世界中に伝わりグルメ・コーヒーとして世界で一番高価になり、コナコーヒー産業も再建してきた。将来、コナコーヒーの収穫は、現在の200万ポンドから500万ポンドに増加するといわれている。
  ハワイの歴史を振りかえると、1824年ロンドン訪問中、カメハメハ二世とその王妃カママルはは麻疹で死亡した。遺体を乗せた英艦ブロンド号がハワイに帰る途中、ブラジルのリオデジャネイロに寄港した。そのとき、従臣ボギと英国農学者のジョン・ウイルキンソンがブラジルコーヒーをホノルルに持ち帰り、マノアバレイに植えたのがハワイのコーヒーのはじめであるといわれている。
  コーヒーの木は最初1828年に米国キリスト教宣教師サムエル・ラグルスにより鑑賞の目的でコナにもたらされ、その後、白人によりコナの方々に栽培が始められた。ハワイアンもコナの土地、特にククイの木の下にコーヒーの木を植えた。1850年から1890年に至る40余年間、ハワイアンは漁寮、タロ栽培など、生活必需品のかたわら、現金収入獲得の一方法としてコーヒー栽培を続けた。1890年頃から1910年の間、最初契約移民としてハワイい来た日本人が、サトウキビ耕地を脱走してコナに入り、白人の経営者のもとでコーヒーの栽培に従事した。
  しかし、20世紀初期のコーヒーの価格下落により白人経営者は所有のコーヒー園を四〜六エーカーに分割する破目に陥った。この分割された小農園は、コーヒー生産に最適の日本人にリースされ、コナコーヒー農園の開発と生産が広島、山口、熊本などの各県から来た日本人移民により続けられ、彼らの生活の糧となってきた。
  20世紀の初めころから最近まで、コーヒー農園経営者の75パーセントは日本人であった。純朴で労働を惜しまないコナの日本人は家族総出でマウナ・ロア、フアラライの丘麓の密林を開墾し、多くのコーヒーの木を植えた。日系二世の子供たちはハワイ政府の許可により、コナの小学校、中学校、高校の夏休みを6月〜8月から9月〜12月に繰り下げてコーヒーを収穫するのに働いた。
  それゆえ、コナの日本人の子供たちは本当の気楽な夏休みがなかった。春から夏にかけて除草、駆害虫、肥料の仕事を続けて、秋になると赤い実がなると、手でもぎ取り収穫するのである。コーヒーの実は、青くても未熟でも、また熱しすぎても味が衰えるから、実が赤く色づいたときに手でもぎ取らねばならない。
  日本人二世は成長して大学の教育を受けるとコナから出て行ったため、日系人社会の空洞化が進み、コーヒーを栽培、収穫する者が少なくなってきた。1930年頃までの日本人コーヒー農園経営者はハワイアン労働者を雇用していた。ハワイアンの人口が激減するにつれて1925年頃からフィリピン人労働者をコーヒー収穫に雇った。最近ではメキシコ人の出稼ぎ者を雇用している。最近、コーヒー農園経営者も日本人が少なくなり、フィリピン人の進出がめざましい。
  約50年前まで、もぎ取った実は大きな麻袋に入れてロバの背中に載せて山道を下り家に持ち帰る。そして大きな移動式の屋根のある「干し棚」に広げてコナの太陽で約5日間乾かす。乾燥の程度によりコーヒーの品質に大きな差異が生ずる。
  乾いたコーヒーの実は戦前はアムファック社、1964年頃からはスウペリオール会社の工場の経営するコーヒー・ミル(工場)に売り、そこで機械的に乾燥したコーヒーの外皮を除いたビーン(豆)が適当にローストされるが、ローストのタイミング等の技術が必須条件であり、それによって芳香が決定する。ローストしたコーヒーは芳香を失わないように直ちにバキューム(空圧)で缶に入れて市場に販売される。
  コーヒーは、テレビのコマーシャルにあるように高地で育ったものがよく、コナでも海抜400〜650メートルの斜面にできたものが一番味がよい。コナは温暖な気候と火山により土壌が肥沃なため、コーヒーの栽培には最適の地である。過去約50年、コナコーヒーの品質改良にハワイ大学農学部、特にエドワード福永、バロン後藤両博士の功績は高く評価されるべきである。ホルアロア、ケアラケクア、キャプテンクック、ホナウナウの村を車やバスで走ると道の両側に、春は白いかわいらしい花が咲き、秋には赤いサクランボのような実がなる。コナの人々はコーヒーの実をチェリーと呼んでいる。
  現在、約500人のコーヒー農業経営者がコナコーヒー組合を継続している。南米や中米のコーヒーと比べてコナコーヒーは高級であるので市場の価格動揺に関係しないゆえ、戦前のように市場を恐れることはないが、コーヒーを収穫する労働者が少ないから労働賃金が高くなり、将来コーヒー経営は困難になるでであろう。コナコーヒー組合は多くの収穫された集めて、戦前は主にアムファック、最近は主にドウーベ・エグバーツ・スペリオール会社か上嶋コーヒー(UCC)に専売している。
  コーヒーのグルメは、コナコーヒーを世界の五大高級コーヒーの一つに挙げている。コナコーヒーの生産量が限定されているため、だれでも飲めるものではない。もし米国人全体がコーヒーを飲むと仮定するならば、コナコーヒーの年生産量(約900トン)は4時間で飲み尽くしてしまうといわれている。
  ハワイ観光に来た日本人旅行者にいちばんよい土産はコナコーヒーだと思う。コナコーヒーを購入するときは、比較的安いコナコーヒーは、中南米の安いコーヒーを何パーセントか混ぜているから、購入する前に袋や缶のラベルをよく調べるように注意したい。

集英社「ハワイ・マナ」(中野次郎著)より


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